アナログな老舗食堂を
テクノロジーとDXで再建

 三重県伊勢市で創業150年の『有限会社ゑびや』と『株式会社EBILAB(エビラボ)』を経営しています。『ゑびや』は店舗運営をしながらテクノロジーを活用し、“最も売れる”商品を作るため、効率的な会社経営に取り組む会社です。その仕組み自体を他の産業や他の会社の方々に提供し、支援する目的で創ったのが『EBILAB』です。
 最初から事業がうまくいっていたわけではありません。『ゑびや』は妻の実家が経営しており、実は店の縮小やテナント化を検討していました。ですから11年前はお店の再建や、店を継承して盛り立てようとは全く思っておらず、“撤退戦のお手伝い”のつもりで行きました。
 ただ廃業やテナント化の話が早々にうまくいかなくなり、お店を続けようか、それとも東京に戻ろうかと考えていました。当時、「地方創生」という言葉や「生産性向上」の必要性が叫ばれていました。地方の中小、零細企業の中でも、特に儲かりにくいと言われるのが飲食業やサービス業です。そこに自分の身を置いたとき、やり方や考え方を変え、世の中のトレンドや市場をしっかりと掴むことができれば、まだまだ伸びるのではないかと感じました。それが再建へ一歩踏み出したきっかけです。

利益を上げ、経営を楽にする。
目的達成へデジタル化を推進

 その中でシンプルに思っていたのは「売上を上げたい」「利益を上げたい」ということです。しかし家族経営や中小企業経営は、本当に日々やることが多すぎます。何か新しいことをしたいと思ってもやる時間がないのです。そこで最初に「売上利益を上げる」ことではなく、「自分たちの経営を楽にする」ことに取り組み、自分に時間を作り、新しいことにチャレンジしようと決めました。
 会社の仕事を洗い出すと、利益にならないけどやらなければならない、本当にたくさんの経営作業がありました。この経営作業をなくすために、2012年からデジタル化、SaaS(Software as a Service)導入を進めました。まずはパソコン購入から始まり、タイムカードクラウド化、受発注システム導入、購買はすべてWEB、会計ソフトもどんどん変えました。経費精算はすべて法人カードにして現金を使わない。労務や人事、経理業務も含めて全てアウトソーシングし、会社に一切のバックオフィス業務機能を持たないなど、会社の中の経営作業をなくしました。
 そこで時間が生まれて、データ分析をしながら商品開発をしていく話になるのですが、何が大事だったか。デジタル、テクノロジー、DXいろんな言葉がありますが、基本的には「利益を上げること」「経営を楽にすること」の2点です。これに徹底して取り組んだ10年間でした。

10年間DXに取り組み、
地方でも成長企業へ

 現在はパソコンだらけのオフィス、データを見ながら様々な準備をする調理人、自動発注倉庫に需要予測、iPadを見ながらデータを活用するスタッフ、老若男女問わずIoT機器を使っていきながら、商品開発のデータ分析をするという進化を遂げています。その結果、『ゑびや』は飲食業、小売業(お土産店)、テイクアウト業、EC &卸売を展開しています。
 そして、需要予測や作業改善、コスト分析というサービス業向けの仕組み、いろいろな事業を改善するために作ったこの仕組み自体を商品化して提供していこうと『EBILAB』を設立しました。店舗経営ツール『TOUCH POINT BI』などのデータ分析サービスを展開しています。このほかシステム開発、データサイエンス教育、コンサルティングという新しい事業に5年前から取り組んでいます。また、いろいろなスタートアップに投資して支援する新しいファンド事業や、会社のノウハウをボードゲーム化して販売するなど、様々な新しいチャレンジをしています。

人口減時代を救う「生産性」
変わらなければ衰退するのみ

 そもそも私達がデータ活用やAIといったテクノロジーを、自分の会社に使うことにした理由をお話しします。私たちの仕事は、伊勢神宮に依存したビジネスモデルです。伊勢神宮には外国人がほとんど来ません。今でも外国人比率は2%か3%ほどです。ですから今後私たちのビジネスに影響を与える大きな事柄は「人口減少」です。2008年に日本の人口はピークを迎え、それから40年、30年経て約30%減少すると言われています。伊勢神宮のマーケットは日本人が主ですので、人口減少と共に縮小することは、ほぼ確定です。
 人手不足はこの先絶対に解消しません。日本の人口が減ると同時に生産年齢人口が減少するからです。飲食業は求人倍率が4倍と言われていますが、外食産業は今後さらに人手不足になります。ですから採用難もほぼ確定しています。さらに働き手不足で人件費(賃金)も高騰し、原材料価格の高騰も予想されます。右肩上がりの高度経済成長期は、何もしなくても上手くいきました。でもこれからの日本は今のままでは上手くいかなくなります。変わらなければ衰退するのみです。
 じゃあ、何を変えなければならないか。私が注目したのは「生産性」です。日本はほぼ全ての業種においてアメリカなどの先進国より生産性が低いです。皆さんの会社ももし「昭和から変わっていない」なら、やはり変わっていかないといけません。そこにはまだまだ変化できる余地があると思います。

デジタル化、バックオフィス省人化で
付加価値向上・効率性向上

 『ゑびや』の事業目的は、さまざまなサービス業の生産性の問題を解決することです。そのためにはいろいろな業務の自動化や、会社で“やらない”状況を作っていかなければならない。そこで生産性の向上を、データ分析・デジタル化・新規事業で行いました。そして効率性向上によって生まれた新しい人員を使って新規ビジネスを行い、付加価値を向上させます。
 いろいろなサービスを使っていますが、自分たちの会社にカスタマイズしたものではなく、既存のサービスをどんどん自分たちに組み入れながら、変える方法をとっています。“システムを使うこと”が目的ではなく、バックオフィス業務を全部アウトソーシングしてくれる会社に依頼するために、どういう仕組みが会社にあったらいいかという前提で、いろいろなものを組んでいます。
 例えば、請求書の発行が面倒だったら、発注はBtoBプラットフォームを使ってWeb上で全ての請求書を発行できるようにしていこうとか。BtoBプラットフォームを使わない会社とは取引を一切やめ、全ての受発注フォームを統一しました。他にもフリーランスの活用や、重量センサーで24時間365日全ての在庫管理自動発注するSmartMat(スマートマット)を導入しました。あとはExcelの様々な分析用の入力、これを全部自動化する仕組みを自分たちで作りました。

仕事の属人化排除を徹底。
どこでも働ける環境に

 日々のコミュニケーションはマイクロソフトTeamsを使いながら、全てチャットでやり取りし、すべての記録を残します。その必要な内容に対してファイルも全部紐づけします。メールや事務作業、資料作りも全てChatGPTを使います。電話を鳴らさないためにコールセンターを1つ置き、その電話の内容をTeams上に書いてもらう。売上報告、お客様のアンケートも全て自動化しています。他にも会社や仕事を全てタスク化するためasanaツールを使っています。そしてすべての仕事を必ず記録します。仮に誰かが辞めた場合も、記録されたタスクを振り分けるだけです。新しい人を採用したら、そのタスクをそのまま任せるといったように、仕事が誰かに紐づき、かつその人しかできないという属人化を徹底してなくしています。
 このように会社の仕組み(仕事)をすべてデジタル化したことで、経営者にどんな恩恵があったか。私は日本各地を年間150日飛び回り、年間40〜50日は海外を回り、残りは伊勢と沖縄と東京にいるという生活をしています。いろいろな仕組みが全てクラウドにつながったサービスを構築しているので、パソコン一台あれば日本中、世界中どこでも仕事ができるという状況が実現可能になりました。

「TOUCH POINT BI」による
データ分析で可視化

 ここからはデータ分析(TOUCH POINT BI事例)の話をしていきます。データ分析をする中で分かったのは、店舗に関するデータは案外なく、データ分析する仕組みもありませんでした。ECやWebの世界はGoogle Analyticsという方法があり、どれくらいウェブサイトに入っていて、クリックされ、カートに入れてどれくらい買われたかといったことが全部見られます。しかし店舗はそのようなものが全くなかったのです。それならばそういう仕組みを作っていこうと、私たちは“店舗版Google Analytics”を作るところから始めました。コスト分析(POS分析)、関係分析(来客・需要予測)、人流データ分析、アンケート分析など、店舗にまつわる様々なデータが可視化できるようにしていきました。
 ではそれを具体的にどうやって使い、利益や売上を上げていくのか。その指標が「シェア」です。入店率と購買率という話になりますが、街を歩いているお客様の人数を全てカウントし、そこに対して自分たちの店舗の入店したお客様の人数を当てていき、割り算によってシェアが算出できます。

自社や自店舗の
シェアを算出せよ

 客数や売上だけで物事をみても、結局自分たちの努力でないところで変わっていきます。でも自分たちの努力で変えられるのは「シェア」なのです。街を歩いているお客様の何%を入店させられるかという入店率シェアが、自分たちの行動とアクションによって、唯一コントロールできるのです。それならそれを追いかけていこうと決めました。
 チアシェアワーク、呼び込み、キャンペーン、広告を打つ、Instagramにあげるといった販促活動がどのくらい効果的にシェアを上げられているか、入店率や購買率とイベントがどう連動しているかを記録しました。どんなイベントやアクションをしたら自分たちのシェアが伸びて、また変わらなかったのか。意味のある施策は継続し、意味のないものは速攻でやめるという、すごくシンプルなことをやり続けています。その結果、2%、3%くらいのシェアだったのが、今も5%を超えています。

デジタル人材は
全て社内で育成

 「デジタル化の人材はどうやって採用したのか」「そういう人材はどこから生まれるのか」とよく聞かれますが、全て社内の人材を育成しています。現場の店長や販売スタッフらと学習する時間をしっかり作り、一緒に勉強し取り組んでいます。『EBILAB』取締役CIOは、店長からデーターベースエンジニアになり、チームを率いるリーダーとして活躍してくれています。ある女性販売員はお土産店で働いていましたが、今はデータ分析&BIデザイナーになっています。私たちがやる事業は、全体でなくある部分だけ徹底してやればいい。部分的にエンジニアリングできるメンバーを社内でどんどん育成しています。最近はChatGPTも使ってかなりカバーしています。

年商1億から8.5億円に。
DXされた会社の未来は明るい

『ゑびや』を再建するために作った様々な仕組みを、たくさんの自治体やエンタープライズの企業、中小企業の方々に導入いただいています。2012年は年商約1億円、従業員数が42名だったのが、直近では『ゑびや』と『EBILAB』を合算して年商8.5億円、従業員数はほぼ変わらず52名です。もちろんコロナで飲食業は打撃を受けましたが、そこも新事業として立ち上げていた『EBILAB』が売上をカバーし、コロナ禍においても何とか業績を上げることができました。新事業を作っていくという事業性の必要性を痛感しています。
 ぜひ皆さんも今日の話の中で、「自分たちの企業でもあれはできるな」とか「うちの会社はちょっと経営作業が多いな。どんどんこれをなくしていって、もう一発、俺がいろんな事業を作ってやるぜ」みたいな、そんな気概を持つ方々になってもらいたいと思います。「DXされた会社の未来は明るい」ということを最後に皆さんへのメッセージとします。