1.なぜ今のままではいけないのか

 日本社会の現状として、2060年の労働力人口は2013年の56%になると言われています。これが働き方を変えなければならない最大の理由です。労働力人口の減少によって起きる大きな変化が2つあります。人材獲得が非常に困難になることと、有能な人材が離職してしまうことです。育児・介護と仕事を両立できる職場環境や労働環境が整っていないと、働きたくても働けません。では、なぜ労働力人口が減少しているのでしょうか。「人口ボーナス期」「人口オーナス期」という考え方を基に説明します。

 人口ボーナス期は、その国の人口構造が経済にとってプラスとなる時期です。日本においては1950年代まで、若い人や労働者が多く、高齢者は少ないという人口構造でした。生産年齢人口比率が高いので、社会保障費がかさまない。インフラ投資にお金を回せるので、爆発的な経済発展をして当たり前の時期でした。
 しかし、1990年半ばを境に、若者は少なく高齢者が多い人口構造になります。労働力人口が減少し、社会を支える側の負担が増え、社会保障制度の維持が困難になる。これが人口オーナス期です。
 日本は人口ボーナス期において大成功を収めました。中国の人口ボーナス期の3倍は稼ぎ出したと言われています。では、人口オーナス期に入ってしまったことが問題なのかというと実はそうではありません。問題は、人口ボーナス期の成功体験を持ったまま、その働き方を人口オーナス期にまで引きずっていることです。

働き方の違い(人口ボーナス期と人口オーナス期)

 人口ボーナス期、人口オーナス期には働き方の違いが3つあります。1つ目は労働に携わる性別です。人口ボーナス期は、重工業など力仕事が多いため、男性は働き手で女性は家庭、と性別で役割分担をすることが効率的でした。しかし、今は力仕事はロボットに置き換えられます。知的労働が多く、労働力も不足しているため、人口オーナス期は男女ともに働く方が効率的です。
 2つ目は労働時間です。人口ボーナス期は長時間働く企業が発展しましたが、人口オーナス期は人件費が上がり、時間当たりのコストも大きくなるため、なるべく短時間で成果を出す必要があります。
 3つ目は、企業が求める人材です。人口ボーナス期は、市場が均一なサービスをたくさん求めていたため、企業はなるべく同じ条件の人を揃えようとしました。しかし、人口オーナス期となった今は、均一なものはもう飽きられているため、特徴的な商品が選ばれます。多様な人材を揃えてアイデアを出していかないとイノベーション(変革)は生まれません。ダイバーシティ(多様性)を確保した働き方に変えることが大切です。

長時間労働・精神面の不調・業績の関係

 ワークライフバランスの面では、長時間労働を続けると精神面の不調による休業者が増加し、業績は悪化します。長時間労働を是正して労働者の睡眠を確保し、不調に陥らない工夫が必要になってきます。
 6時間睡眠を2週間続けると、2日連続で徹夜をした時と同じ状態になるという研究結果があります。これには自覚症状がなく、6時間以下の睡眠では心の疲労を回復させることができないと言われています。また、人は朝起きてから13時間しか集中力がもたないとするデータもあります。それ以降は、酒気帯び運転時と同じくらいの集中力になるそうです。そこで弊社(株式会社ワーク・ライフバランス)は、勤務後に帰宅してから翌日勤務を開始するまで11時間の休息をとることを奨励する「勤務間インターバル賛同宣言」を呼びかけています。

ワークライフバランスやDE&Iは手段であり企業経営の土台

 ワークライフバランスの実現やダイバーシティ推進はあくまでも手段です。企業の大きな目的は、イノベーションを起こして組織を持続的に発展させることです。イノベーションのために、「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン」(DE&I)といった多様性や公平性、包摂性を確保していかなければなりません。そのうえで、多様な人材が意見を言いやすくするために「心理的安全性」は必要不可欠です。

2.心理的安全性のパワー

 心理的安全性とは、みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化のことです。心理的安全性が注目されるようになったのは、グーグルが2012年、「プロジェクトアリストテレス」を行ってからです。このプロジェクトでは、社内で生産性の高いチームの共通点を調べた結果、どのチームも心理的安全性が高いことが分かりました。これには7つの要素があります。

  1. ミスをしても非難されない
  2. 課題や難しい問題をお互いに指摘し合える
  3. リスクのある行動をとっても処罰・非難の対象とならない
  4. 「自分と異なる」ということを理由に他者を拒絶する、または他者から拒絶されることはない
  5. いつでも他者・他部署に助けを求めることができる
  6. 社内の誰も、自分を意図的におとしめるような行動をしない
  7. 自分のスキルと才能が尊重されて、活かされていると感じる

心理的安全性のよくある誤解

 心理的安全性はよく誤解されています。例えば「誰もがいつも相手の意見に賛成すること」と勘違いする人がいますが、そうではありません。「建設的に反対意見も出し合うこと」が大事です。
 また、「内向性・外向性といった性格に問題がある」と言われることがありますが、心理的安全性が高い職場では「性格に関わらずに意見が出せる」のです。内向的な人の問題は例えば緊張にある場合があります。意見は問題なく言えても大勢の場での発言に緊張するという場合、対面では付箋に書き、オンラインではチャットに書き込んでもらうようにすると意見は出しやすくなります。あるいは内向的とはじっくり考える性格の人を指す場合もあります。その場合は少し待ってみてください。
 そして心理的安全性を「高い目標に取り組まず、気楽に過ごすこと」と誤認識する人もいますが、本来は「自発的に高い目標に取り組む」ことを示します。心理的安全性は、職場環境の土台です。率直に話し、好奇心旺盛に議論し合い、協力し合って、結果として高い成果を上げるものです。

1人ひとりが正しく心理的安全性を理解・実践を

 心理的安全性が欠如していると、大問題につながることがあります。国内のある金融機関で2021年に度重なるシステム障害が発生しました。組織文化の違う金融機関同士が合併した弊害で、「言うべきことを言わない文化」が根付いていたことが原因の背景にあったそうです。心理的安全性が低くても表面的にはうまくいっているように見えますが、最後には爆弾が爆発してしまいます。リーダーだけではなく、一人ひとりが心理的安全性を正しく理解し、実践することが大事です。

組織の成功循環モデル 「関係の質」からスタートを

 組織の成功循環モデルを紹介します。企業にありがちなのは「結果の質」から求めてしまうことです。例えば、従業員の一人が上司から「残業45時間以内に抑えろ」と命令を受けます。しかし、成果が上がらず、他人に仕事を押し付ける。そうすると職場の「関係の質」が悪くなる。押し付けられた側は受け身になって「思考の質」が低下し、「行動の質」も下がります。さらに成果が上がらず、残業45時間も達成できないといったようにバッドサイクルに陥りがちです。
 グッドサイクルは「関係の質」から始まり、お互いを尊重して一緒に関係性を築きます。関係性が築けると、自然と考え方も前向きになり「思考の質」は上がり、「行動の質」も良くなります。その結果として残業45時間以内を軽々クリアできたということもあります。関係性から取り組んでグッドサイクルを回すことが近道です。

心理的安全性を高める承認 褒めること

 そして、心理的安全性や関係の質を高めるためには「承認」が重要です。承認の効果として、自分を大切に思える「自尊感情」、自分は役に立つという「自己有用感」、「モチベーション」の3つを高められることが挙げられます。
 では承認するにはどうしたらよいか。例えば、『名前を呼ぶこと』『顔を見て体を向けて話すこと』『うなずきや相槌を打つこと』『感謝の気持ちを伝えること』『意見を受け止めること』などが大事です。そして最も大きな効果を上げるのが相手を「褒める」ことです。これはおだてるのとは違い、できていることや、本人がどれだけ成長したかということに目を向けてください。
 しかし、承認には敵がいます。それは「照れ」です。日本人は承認したり、褒めたりすることに慣れていません。普段の自分とは違うキャラクターでも、職務上の役割としてメンバーを褒めてください。腕や足を組んだり、ふんぞり返ったりするのは相手に圧迫感を与え、承認とは真逆の行動となります。

3.リーダーがすべきことは何か

 リーダーは心理的安全性を高めるために3つのステップを踏む必要があります。

ステップ1:土台をつくる

率直な発言の必要性を理解し、「なぜ働きたいのか」「どうなりたいのか」というチームの目標を明確にします。

ステップ2:参加を求める

完璧でないことを認めましょう。他者の発言に関心を持って積極的に問いかけると意見を引き出しやすくなります。

ステップ3:次につなげる

メンバーへの感謝を表してください。どんなミスがあったとしても、一言目に感謝を述べるよう心がけましょう。失敗はつきものです。次どうするのかを話し合うことが大切です。

具体的なシーンにおけるリーダーの行動とは

 では、具体的なシーンにおいて、リーダーがどのような行動を取ると、心理的安全性が高まるのでしょうか。

シーン1:メンバーをよく観察するには?

◎観察しながらメモを作成する

 まず自分がメンバーのことをよく知らないと、どのようにコミュニケーションをとって関係性を高めたらよいのか分かりません。メンバーをよく観察し、メモを作成しましょう。メンバーの能力を生かすために、どのような強みや弱み、仕事の特徴があり、どんなことに挑戦していきたいと思っているのかを、きちんと把握するようにしましょう。

シーン2:定期的な1on1ミーティングの進め方は?

◎「上司と部下」の関係から脱却する

 コロナ禍でテレワークを推進する企業が増えています。テレワークの中で非常に有効なコミュニケーションの機会となったのが1on1ミーティングでした。多くの企業で取り入れられていますが、大失敗しています。
 1on1は上司が部下と話す場ではなく、部下の話を聞く場です。1on1を成功させるためには、まず「上司と部下」の関係から脱却することです。思い込みを捨て、好奇心を持って部下の話を聞いてください。1on1は毎週15分開催するのが理想です。もし時間が取れないなら2週間に1度でもよいので、15~30分取ってください。関係性を深めることに重きを置きましょう。

シーン3:日常的なコミュニケーションをどう取る?

◎伝えたこと=伝わったことではない

 発した言葉は同じでも受け取り方は人によって違います。心理的安全性や働き方改革など抽象度が高い言葉では伝わらないことも多いです。しっかりと相手が理解できる言葉で伝えてください。

シーン4:効果的なオンライン会議を運営するには?

◎オンライン会議の特徴を理解する

 対面とオンラインの会議では、視覚と聴覚、触覚で差があるため、オンラインに合った会議の運営方法を取らなければなりません。オンライン会議について、緊張感が強いと感じる参加者もいます。その際には会議の冒頭5分間に雑談タイムを設けてみましょう。発言に対するハードルが下がり、会議中に発言しやすくなります。前の仕事と区切りをつける意味でも雑談は役立ちます。
 また、オンラインでは相手の様子が分からないので、大きめにリアクションしてください。あとは「もっと話を聞かせてほしい」という姿勢を相手に見せることも効果的です。相手が「自分の話を受け入れてくれる」と感じれば、心理的安全性も高まります。ぜひ笑顔でオンライン会議をしてみてください。

 新たな一歩を踏み出す時はどんなに小さくてもよいので、確実な一歩を踏み出していただけたらと思います。