利益活動の主役は「人」。
AIにもデジタルにも置き換わらない

 デジタル化について毎日のようにニュースで言われていますが、今日デジタル化しなくても、みなさんの商売は1年や2年普通に変わらず続きます。また、デジタル化しなかったからといって法律で罰せられるということもありません。それなのになぜ国はデジタル庁を作ってまでもやるのでしょうか。
 今日はなぜデジタル化がオイシイのか。なぜデジタル化しないとまずいのか。そのゴールや目的をお伝えしたいと思います。

 デジタル化はそれ自体に大きなメリットがあり、導入でコストが絶対に下がるという夢物語や幻想ではありません。それなのにやるのは、商売を続けるために必要だからです。商売が続かなくなるのは「人が利益を出す活動に専念できていない時」です。これだけAIが発達しても100年後も商売を支える利益活動の主役は「人」です。面白いこと、変なこと、ワクワクすることをするのは人です。裏を返せば面白くない仕事、“非”利益活動はデジタルが得意です。先駆的な企業はつまらない仕事は社外に全部抽出し、機械というゴミ箱にポイと捨てている。「頑張って稼ぐ」からの脱却がDX(デジタル・トランスメーション)の本質です。そしてデジタル化の本当の意味は、社員の安全を守って商売を続けるためにあるのです。
 デジタル化に大企業、中小企業は関係ありません、全企業共通のテーマです。IT・システムは「ゼロから、つくる」(開発)時代から「クラウドサービスを選んで組み合わせる」時代になりました。情報システム部門を持たず人材が限られている中小企業にとって、大企業並みの生産性革命が可能になるのがクラウドのメリットです。ITは手段。では目的は何か。1つは「価値ある時間」の創出。もう1つは「標準化、脱・属人化」です。それを2つの事例で紹介します。

従来型経理をクラウドで自動化
年間600時間削減、新規受注増

 長野県富士見町に「両國屋豆腐店」という小さな豆腐屋さんがあります。両國屋では数十年来、FAXと手書きメモの受注を電卓で集計し、売上げを会計ソフトに打ち込むという、紙を中心とした事務作業を続けていました。受注処理に追われて心の余裕が無く、本来やるべき仕事や新しい取り組みができず、「豆腐屋なのに豆腐のことを2割しか考えられない」という状況でした。しかしここから、労働時間を年間600時間減らすことができたのです。
 まず、「kintone(キントーン)」というクラウドを使って受注から製造計画、出荷計画、自動ライン表まで自動化しました。その後にクラウド会計請求ソフト(会計フリー)を導入し、帳簿付けや入出金管理を自動化。そしてキャッシュレス決済やPOSレジ、ネットバンキングを導入し、経費は全てクレジットカード払いにすることで経費処理の自動化も達成しました。
 FAXでの受注を2020年のテクノロジーではまだ合理的になくせませんが、シンクロインプットがとても大事です。FAXが来たら1回データを入れるだけで、翌日iPadを開くとデータがザーッと出てくる。あとはこれを見ながら仕込むだけになります。
 また、iPadレジ、POSレジの導入でデータが集計・分析され、数字を可視化してくれるので、商品や時間別分析まで全て管理できるようになりました。完成形に至るまで1年半かかりました。しかし欲しかったのはITツールや自動化ではなく、時間と心の余裕です。両國屋では浮いた時間で営業を行い、新規受注が増えました。ビジョンを実現するための時間を確保できたことが一番大きいです。「時間を手に入れる」「価値ある時間の創出」とはこういうことです。

ICカード、クラウドソフトを導入
標準化、脱属人化で事業承継を実現

 もう1つは、長野県御代田町でレタスの生産・販売を主力とする「有限会社トップリバー」の事業承継と生産性向上の話です。従業員は約140人で収穫期の夏場は特に社員が増え、紙のタイムカードから手作業による集計、転記、給与計算だけで4日かかっていました。この経理や労務、総務といったバックオフィス業務を、“昭和”から“令和”のやり方にしてから娘に引き継ぎたいという、社長の奥様からの依頼でした。
 最終的にはICカードの出退勤を自動集計するクラウド勤怠ソフトと、クラウド給与計算ソフトを入れ、まさに令和の時代の導入となりました。また、クラウド会計ソフトを真ん中に置いて、ネットワーキングと連動させて帳簿付けができる状態にし、勤怠システムから給料計算ソフト、仕分け管理をOA化できるように整えました。また、DXの範囲が遠隔地の社労士、税理士までに広がり、クラウド上でいつでも数字のチェックややり取り、仕訳の精査ができるようになったのも重要なポイントです。誰もが作業できる状態にして引き継ぐことができたので、本来娘さんがやるべきだった業務管理、勤怠費用計算が半日になり、経理作業も3分の1になりました。空いた時間で娘さんは、現社長から経営のあり方を学んだり、セミナーで農業経営について学んだりしています。

IT導入への安直な期待は捨てよう
知識、人員、経営者の“勉強”が必要

 なぜIT化が難しいのか。従来のデジタル化は単なる「電子化」でした。今残されているデジタル化がうまくいかないという問題は、ITツールが悪いのではなく、経営や仕事のやり方そのものがバージョンアップされていないのが問題です。従来のIT化と現代のDXは根本から違います。単なる道具ではなく、デジタルに合わせて仕事のあり方をバージョンアップすることが大切で、「ITとビジネスそのものとの融合」が焦点になります。そしてITに騙されてはいけません。導入は簡単にでき、クラウド会計ソフトの初期設定は1分で終わりますが、導入すれば何かいい感じになるという“安直な期待”は捨てるべきです。そしてDXには、目的をすり合わせていく「知識」と「人員」、そして経営者自ら組織をモチベートしてITを入れていくという、ノウハウに関する勉強が必要です。ITプロジェクトを成功に導くためには、まずデジタル、ITを捨て、「目的、ゴール」を確認することです。ITから入るとよいことはありません。ただ課題が出ればITが助けられることはたくさんあります。

本当にやるべきこと、面白い仕事は何か。
ITは単なる手段。ゴールと目的を考えよ

 最後にクラウド活用を進めるためのポイントを3つ伝えたいと思います。1つ目は、「付加価値の高い仕事のみに集中する時代」になってきたということです。つまりAIの進化が進む時代だからこそ人が目指すのは、面白い毎日、面白いこと(会社の価値を高める仕事)を全力ですることが1つのゴールです。2つ目は「テクノロジーの海へ飛び込む勇気」を持つことです。その時には小さい山からコツコツが大事です。そして3つ目は「人手不足を、人手で補わない」ということです。例えば3人いた経理のうち1人が辞めた時に、これまでは3人目の経理を新たに雇うことができましたが、3人目が集まらない時代が来ます。その解決策の1つが人手のかからない環境づくり、クラウドソフトを始めとするテクノロジーの活用です。それが少子高齢化、人手不足の日本の未来を切り開く、唯一の手段だと思っています。
 ITはただの手段です。本当にやるべきことは何か、面白い仕事は何かを考えるところから出発すれば、面白い時代が作れると思います。